沖縄への思い

先日沖縄県の翁長知事が亡くなりました。色々な言われ方をされた知事でしたが、美しい沖縄を愛し、辺野古基地建設反対を貫いた政治家でした。

戦後の厳しい東アジア情勢の中で、我が国の安全保障を支えてきた沖縄ですが、多くの苦悩を沖縄県民に強いて来ました。

2015年、辺野古新基地建設反対の県民大会で「ウチナーンチュ、ウシェーティナイビランドー」「沖縄人をないがしろにするな」の言葉が胸に刺さります。また「何十年先も沖縄は振興策をもらって基地を預かったらいい」といった発言が、この問題を更に難しくさせていると思います。

先の大戦で、本土決戦の防波堤となり、県民15万人の命が奪われた沖縄。そこで何があったのか、私たちはもっと深く理解する必要があると思います。

それを知るための一つの手がかりが、最後の沖縄方面根拠地隊司令官であった大田実中将の電文にあります。

この電文は、米軍の激しい攻撃にさらされた1945年6月6日の沖縄から、本土の参謀本部に打電されたものである。この電文には、この時の沖縄県民の姿が克明に語られています。

以下その全文を紹介します。

『権限上は県知事が報告すべき事項であるが、県はすでに通信手段を失っており、県知事から海軍司令部宛に依頼があったわけではないが、現状をこのまま見過ごすことはとてもできないので、知事に代わって緊急にお知らせ申し上げる。

敵が沖縄本島に対し攻撃を開始して以降、帝国陸海軍は防衛戦に専念し、県民の保護に関してはほとんど顧みることができなかった。にも関わらず私が知る限り、県民は青年・壮年が全員残らず防衛召集にすすんで応募。残された老人・子供・女性は頼る者がなくなったため自分達だけで、相次ぐ敵の砲爆撃に家屋と財産を全て焼かれながらも、ただ着の身着のまま軍の作戦の邪魔にならないよう狭い防空壕に避難し、辛うじて砲爆撃を避けつつも、風雨に曝さらされながら窮乏した生活に甘んじ続けている。

しかも若い女性は率先して軍に身を捧げ、看護婦や炊事婦はもちろん、砲弾運び、挺身斬り込み隊にすら申し出る者までいる。

どうせ敵が来たら、老人子供は殺されるだろうし、女性は敵の領土に連れ去られて毒牙にかけられるのだろうからと、生きながらに離別を決意し、娘を軍営の門のところに捨てる親もある。

看護婦に至っては、軍の移動の際に衛生兵が置き去りにした頼れる者のない重傷者の看護を続けている。その様子は非常に真面目で、とても一時の感情に駆られただけとは思えない。

さらに、軍の作戦が大きく変わると、その夜のうちに遥か遠く離れた地域へ移転することを命じられ、輸送手段を持たない人達は文句も言わず雨の中を歩いて移動している。

つまるところ、陸海軍の部隊が沖縄に進駐して以来、終始一貫して勤労奉仕や物資節約を強要されたにもかかわらず、(一部に悪評が無いわけではないが、)ただひたすら日本人としてのご奉公の念を胸に抱きつつ、遂に‥‥(判読不能)与えることがないまま、沖縄島はこの戦闘の結末と運命を共にして、草木の一本も残らないほどの焦土と化そうとしている。

食糧はもう6月一杯しかもたない状況であるという。沖縄県民はこのようによく戦い抜いた。後程、特別のご配慮を頂きたくお願いする』

私はこの電文を読むたびに胸が痛くなり、涙がこみ上げてくる事を抑える事ができません。

大田 實は、千葉県長生郡長柄町出身の海軍中将です。大田中将は、最後まで沖縄県民の献身と健闘を称え、電文を打電した後自決を遂げています。

【原文】

発 沖縄根拠地隊司令官

宛 海軍次官

左ノ電□□次官ニ御通報方取計ヲ得度

沖縄県民ノ実情ニ関シテハ県知事ヨリ報告セラルベキモ県ニハ既ニ通信力ナク三二軍司令部又通信ノ余力ナシト認メラルルニ付本職県知事ノ依頼ヲ受ケタルニ非ザレドモ現状ヲ看過スルニ忍ビズ之ニ代ツテ緊急御通知申上グ

沖縄島ニ敵攻略ヲ開始以来陸海軍方面防衛戦闘ニ専念シ県民ニ関シテハ殆ド顧ミルニ暇ナカリキ

然レドモ本職ノ知レル範囲ニ於テハ県民ハ青壮年ノ全部ヲ防衛召集ニ捧ゲ残ル老幼婦女子ノミガ相次グ砲爆撃ニ家屋ト家財ノ全部ヲ焼却セラレ僅ニ身ヲ以テ軍ノ作戦ニ差支ナキ場所ノ小防空壕ニ避難尚砲爆撃ノガレ□中風雨ニ曝サレツツ乏シキ生活ニ甘ンジアリタリ

而モ若キ婦人ハ卒先軍ニ身ヲ捧ゲ看護婦烹炊婦ハ元ヨリ砲弾運ビ挺身切込隊スラ申出ルモノアリ

所詮敵来リナバ老人子供ハ殺サルベク婦女子ハ後方ニ運ビ去ラレテ毒牙ニ供セラルベシトテ親子生別レ娘ヲ軍衛門ニ捨ツル親アリ

看護婦ニ至リテハ軍移動ニ際シ衛生兵既ニ出発シ身寄無キ重傷者ヲ助ケテ敢テ真面目ニシテ一時ノ感情ニ馳セラレタルモノトハ思ハレズ

更ニ軍ニ於テ作戦ノ大転換アルヤ夜ノ中ニ遥ニ遠隔地方ノ住居地区ヲ指定セラレ輸送力皆無ノ者黙々トシテ雨中ヲ移動スルアリ

是ヲ要スルニ陸海軍部隊沖縄ニ進駐以来終止一貫勤労奉仕物資節約ヲ強要セラレツツ(一部ハ兎角ノ悪評ナキニシモアラザルモ)只々日本人トシテノ御奉公ノ護ヲ胸ニ抱キツツ遂ニ□□□□与ヘ□コトナクシテ本戦闘ノ末期ト沖縄島ハ実情形□一木一草焦土ト化セン

糧食六月一杯ヲ支フルノミナリト謂フ

沖縄県民斯ク戦ヘリ

県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ

73年前の空


73年前のあの日、其処にはどんな空が広がっていたのでしょうか。1945年8月15日、日本は全ての思いを胸に納めポツダム宣言を受け入れ第二次大戦が終了しました。

本土防衛の沖縄戦で命を落とした人々20万人。3月10日の東京大空襲での焼死者数10万人。原爆投下で命を奪われた人々の総数60万人。そして、この戦争でかけがえのない命を奪われた人々の総数は310万人です。本当にあの戦争は一体何だったのでしょうか。なぜあんな事が起こってしまったのでしょうか。

終戦後、戦勝国によって開廷された極東国際軍事裁判によって、我が国は 、『戦時における非人道的行為と、アジア 諸国等への軍事侵略を行なった平和に対する罪』を裁かれ、国の指導者7名が絞首刑、数多くの指導者が無期懲役等の処罰を受けました。ただし『非人道的行為と武力による他国侵略はしてはならない』という国際ルールが確立した事もあり、それまで欧米諸国に植民地とされていた国々の大部分が独立を果たす事が出来ました。

しかし、チベットへの武力侵攻や、我が国の領土である尖閣諸島を突然自国領と主張し軍事的侵犯を繰り返す中国や、北方領土を不法に占拠し続けるロシア、いずれも戦勝国です。更にそのリーダー格の米露は、最も非人道的な兵器である核兵器を大量に保有し実践化を図ろうとしています。残念ながら、まだまだ世界は理想だけでは対応出来ない現実がそこにあります。

大切なものや愛する者を守るために戦う事は尊い事です。そして自国の領土や自国民を守るための防衛力は絶対に必要です。

先の大戦でもそうですが、市民レベルでは本気で他国を武力侵攻をしようと考えている者はいなかったと言われています。しかし、戦争を止める事は出来ませんでした。資源を持っていない我が国の存続の為の最後の選択肢として戦争を準備していたのは事実ですが、戦争以外の方法で国を存続させる手立てを最後まで模索していた事も事実です。

政治家やマスコミを影で操り、国民の心理を巧みに誘導し、戦いの必要性を喚起させ、戦争を起こさせ利益を上げようとした誰かがいたのでしょうか。

最近の国際情勢に見られる自国の利益ばかりを最優先し、他者や他国をないがしろにする姿勢は、憎しみと対立を生み武力衝突に発展する可能性を高めています。

エネルギー、石油化学、金融、マスメディア、薬品工業、IT、など、主要な産業をわずかな人々が握り、世界の富の半分を握っているという事実があります。それに対し世界の半分の人々は、1日200円以下の生活を余儀なくされているという現実があります。行き過ぎた自由経済の歪みが大きな経済的格差を生じさせています。これは極めて危険な状況です。著しく偏った経済格差を出来るだけ是正し、皆が幸せに生活が営める世界の実現も同時進行で進めていかなければなりません。

私達が世界の現実から目を背けず理解に努め、意思を持って判断しその上で政治家を見極め政治を託すしかありません。政治を行うのは政治家ですが、それを選ぶのは国民です。無関心が一番危険です。そうでなければ同じ過ちを繰り返しかねません。

戦後73年が経ち、戦争の惨劇の記憶も薄れていく中で、著しい経済格差や、二酸化炭素の上昇による地球規模の気候変動等が再び世界を混乱期に向かわせようとしています。今こそ私たち一人一人の適切な理解と適切な行動が求められると思います。

8月6日と9日への思い。

毎年8月6日と9日がやって来ると、胸が締め付けられるような思いがこみ上げてきます。
広島長崎で起こった人類史上最大の惨劇と、この戦争での命を奪われた多くの人々の事を思い出すからです。

このような惨劇を二度と繰り返す事が無いよう、この戦争の意味を、そしてそこに起こった惨劇の事をもっと深く知り、考えなければならないと思います。それが私たちの義務であり責任であると思います。
ヒトの能力は絶大です。しかしその好奇心の強さや欲望のつよさからと時々大きな失敗も犯します。また科学技術も両刃の劔です。使い方を誤ると取り返しのつかない事にもなりかねません。

世界で最初に原子爆弾の実用化に成功した米国を責めることはできませんが、極めて非人道的で、強大な威力を持つ原子爆弾を瀕死の日本に投下し、何十万人の市民を殺戮したあげく、その威力を世界に見せつける事で、戦後世界の覇権を握ろうとした米国と、それに対抗して核兵器を開発し増強した(旧ソ連)現ロシアにはその後始末の為の大きな責任があると思います。そしてその覇権争いが、私たちのかけがえのない大切な地球を、何百回も破壊し尽くす程の核兵器を生み出したのです。地球を破壊させる平和の核の傘って一体なんなのでしょうか。

2017年7月7日に国連で122の国と地域によって採択された核兵器禁止条約は、世界から核兵器を全廃する事を目的に結ばれた条約です。日本の被爆者の声がこれに深く関わっています。しかし、米国とロシアをはじめとする核保有国はこれに署名せず、我が国も署名していません。それどころか米国は核兵器の小型化による実用化を、ロシアは迎撃出来ない多弾頭型の高性能核ミサイルの実用化を目指しています。世界に有る核兵器は約1万発、その大部分を保有国している米露が、この期に及んで核兵器の実用化を考えているとすれば反省どころの騒ぎではありません。全く正気の沙汰とは思えません。何事も自らが経験しなければ分からないのでしょうか。わかった時には、もはや取り返しがつかない状況になっている事に気付かないのでしょうか。実に愚かです。ただそれ以上に、核兵器使用の現実を誰よりも知っているはずの日本が米国に追従しこれに署名できない事が残念でなりません。

都市と自然のコラボ

ホタルが生息出来る自然環境を守る事は基本ですが、敢えて都市の生活の中で、身近にホタルが見られる様な自然を持ち込んでも面白いのではないかと思います。
『都市の生活と自然のコラボ』・『癒しと学びの空間』とても興味のあるテーマです。

上は大手町のビルの谷間に作られた森。下は近隣の最近作られた高層住宅の緑地空間の一部です。とても美しくコーディネートされています。

こんな場所に小さな清流が流れ、ホタルやハグロトンボがいたら面白いですね。

ヘイケボタルの棲める環境

ヘイケボタルは別名田んぼホタルと言われるように、棲める環境はそれ程難しいわけではありません。市内北部には豊かな自然が残り、水田地帯も広がっています。

そんな思いを抱きながら市内を見渡すと、中央部にも興味深い場所が見えてきました。何箇所か紹介します。

先づは飯山満町の倶利伽羅不動尊の湧き水と池です。

台地の下から湧き出す水はきれいで冷たくゲンジボタルも生息できそうな感じがしました。

ここは坪井東の新興住宅街の中に人工的に作られた小川ですが、実によく出来ています。流れの中にはカワニナがいました。ホタルの住める生態系を意識して作られたものだという事がわかります。

これは高根公団の調整池です、一番低い所に水辺が有ります。とても良い環境であると思います。

少しホタルの生息に必要な環境について少し人が手を差し伸べれば、間違いなく回復できます。すでにカエルは戻って来ています。先月、高根公団で聞く蛙の声は感動でした。

取り敢えず今回はこの位にしましょう。ホタルは環境が回復した象徴、トンボもメダカもタナゴもフナも、今はあまり見られなくなってしまった仲間達を何とか力を合わせ呼び戻しましょう。

農薬や農法のついての課題も有ります。今後報告しますね。

ありがとうございました

先日開催した「ホタルの夕べ」、来場して頂いた皆さんの喜びの声を沢山聞いて、無事終了する事が出来ました。

写真は闇夜で上手く撮れませんでしたが、思い出に残る会になったように思います。指にとまったホタルを愛おしそうに見つめる眼差しや、優しい思いが溢れた会でした。本当にありがとうございました。

本当は、希望する皆様全員で会を開催したかったのですが、子供達と皆様の安全上どうしても100組に限定させて頂きました事ご容赦下さい。

せめてもの思いで、当日お配りした小冊子「守ってあげたい仲間たち」の冊子にする前の写真をアップさせて頂きましたので、もしよろしければ自由研究等の参考にして頂ければと思います。
船橋にどこでも見られたヘイケボタルがすっかり数を減らしています。でもホタルだけではなくトンボ達も数を減らしています。

住める環境と私達の少しの配慮があれば守れる命です。興味を持つ好悪HDDみんなで少しの配慮を持って見守ってあげたいですね。

『ホタルの夕べ』予定通り開催のお知らせ

本日開催予定の『ホタルの夕べ』ですが予定通リ開催いたします。

つきましては、ご来場に当たっての注意事項を再度ご確認の上事故無きようご来場下さい。

来場する皆様へのお願い

○夜の移動ですので、お子様並びに保護者皆様の安全確保に最善を尽くして下さい。

○駐車場、駐輪場はありません。車や自転車での来場はご遠慮下さい。

○受付開始は指定時刻の30分前からです。それより前では受付出来ませんのでご注意下さい。
なお受付では『申し込み番号』の確認が必要です。配布パンフレット等、番号が分かる物をご持参下さい。

○入退場は正門1ヶ所です。入場後は順路に従い受付を済ませ待機、観察、帰路となります。
なお誘導スタッフを配置しておりますが、指定場所以外には入れませんのでご注意下さい。

○夜の開催ですので、近所の方のご迷惑にならないよう、鑑賞も含め出来るだけ小さな声でお願いします。

○ホタルは数日しか生きられない弱い昆虫で、光は子孫を残すためです。これを邪魔しないよう、鑑賞時やホタルドーム周辺では、ライトや防虫スプレー等の使用は出来るだけ控えて下さい。

以上、思い出に残る『ホタルの夕べ」になりますよう、ご理解とご協力を宜しくお願い致します。

象徴としてのホタルと生物多様性社会の実現

言葉で言うだけで欲しい物が手に入り、世界中と瞬時に繋がる。信じられないくらい便利な時代になりました。
でもその影でたくさんの生き物の生存が脅かされ、絶滅していきました。

船橋にはかつて、当たり前にホタルやメダカが見られました。でも今はわずかしか残っていません。

私達の生活は沢山の生き物の連鎖で成り立っています。私達は沢山の生命の恵みを受けて生活が成り立っています。
私達人間がこの恵みで生存できていることを絶対に忘れては行けません。

生物多様性が大切にされている社会とは、本来棲めるべき場所に棲めるべき生物が棲み、これが当たり前に続いていく社会です。
これこそが人が幸せに生きる環境のベースであると考えます。

生物多様性社会の回復は船橋市のそして世界が目指しています。ホタルはその象徴です。ホタルを含めこの地に棲んでいた生き物が再び棲める環境に戻せる様、多くの市民の皆の力を合わせる事が何より大切であると思います。

まだ私達の住む船橋には、まだ何とか貴重な生き物が生息しています。この生き物達がこれからもこの地でずっと生きていける様応援してあげたいですね。

この写真はナマズのつがいです。

その次の動画はハグロトンボとチョウトンボです。


 

水質汚濁に極めて弱いニホンナマズや、環境変化に弱いこれらのトンボがまだ生息している事は船橋の宝です。
ヘイケボタルも含め守っていきましょう。私達が幸せに生きていく為に。

自然の脅威と私たちの生活

地震に続き集中豪雨が西日本を襲いました。
犠牲になられた方々への心からの祈りと、被害に遭われた多くの皆様の一日も早く生活の復旧をお祈りします。

本当に線状降雨帯のもたらす集中豪雨の凄まじさは脅威的です。
もし船橋がこれに襲われたらどうなるのでしょうか。

海老川の河川改修も進んでおり、遊水池の整備も進んでいますが、想定を超える激しい連続した豪雨や、高潮と重なった状況での集中豪雨では、大きな被害が生じる可能性を否定できません。市内を見渡すと、水が集まりそうな場所に家が建てられている状況も見られます。

防災の基本は適切な土地利用です。低地や湿地では宅地建設をするべきではありません。地形図を見れば一目瞭然です。これから購入しようとしている皆さんのかつての使われ方の事前確認と共に、行政としても慎重な開発事業の許可申請への対応が求められます。

また、遊水池はとても大切ですが、水辺公園や自然公園、博物館も併設させ環境学習の拠点としての機能も持たせたり、水田を整備して、市民の皆さんや子供達の稲作体験の場として活用する。また船橋の原風景を復活させ、観光としての魅力を高めると言った工夫もできるのではないかと思います。

低地には水が集まります。水田は天然の貯水地です。ダムと同じ機能を持っています。
低地には低地の魅力を生かした活用方法があるはずです。
土地の持つ魅力を生かした街づくりが出来たら嬉しいですね。

ホタルドーム造りについて

このホタルドーム(ビオトープ)は約一年半前、自分が学校を去る前に、たくさんの子供達や保護者の皆さん、OBの皆さんのお力をお借りして作ったもので、撤去予定の配電盤のフェンスを利用し、隣接する素敵な築山を生かしながら、屋根を付ける事で雨天でも観察が出来る理科や生活科の学習支援環境の整備を目指したものです。

ここには、かつてこの地域にも数多く生息していた二ホンクロメダカやヘイケボタルを飼育して、またこの地域に普通に見られる様にする為の拠点にしたいねと話をしていました。
学校を去った自分に、できることは限られていますが、少しでも役に立つことができないかとの思いでこのビオトープを見守り現在に至っております。

今回の『ホタルの夕べ』は、昨年秋に放流したヘイケボタルの幼虫が羽化する可能性のある時期に合わせ、成虫も準備して行うもので、子供たちとの夢の実現の一歩でもあります。

ホタルの飛ぶ様子はきっと子供たちの心に、この地域の自然への思いとして深く刻まれるものになる事を期待します。