8月6日と9日への思い。

毎年8月6日と9日がやって来ると、胸が締め付けられるような思いがこみ上げてきます。
広島長崎で起こった人類史上最大の惨劇と、この戦争での命を奪われた多くの人々の事を思い出すからです。

このような惨劇を二度と繰り返す事が無いよう、この戦争の意味を、そしてそこに起こった惨劇の事をもっと深く知り、考えなければならないと思います。それが私たちの義務であり責任であると思います。
ヒトの能力は絶大です。しかしその好奇心の強さや欲望のつよさからと時々大きな失敗も犯します。また科学技術も両刃の劔です。使い方を誤ると取り返しのつかない事にもなりかねません。

世界で最初に原子爆弾の実用化に成功した米国を責めることはできませんが、極めて非人道的で、強大な威力を持つ原子爆弾を瀕死の日本に投下し、何十万人の市民を殺戮したあげく、その威力を世界に見せつける事で、戦後世界の覇権を握ろうとした米国と、それに対抗して核兵器を開発し増強した(旧ソ連)現ロシアにはその後始末の為の大きな責任があると思います。そしてその覇権争いが、私たちのかけがえのない大切な地球を、何百回も破壊し尽くす程の核兵器を生み出したのです。地球を破壊させる平和の核の傘って一体なんなのでしょうか。

2017年7月7日に国連で122の国と地域によって採択された核兵器禁止条約は、世界から核兵器を全廃する事を目的に結ばれた条約です。日本の被爆者の声がこれに深く関わっています。しかし、米国とロシアをはじめとする核保有国はこれに署名せず、我が国も署名していません。それどころか米国は核兵器の小型化による実用化を、ロシアは迎撃出来ない多弾頭型の高性能核ミサイルの実用化を目指しています。世界に有る核兵器は約1万発、その大部分を保有国している米露が、この期に及んで核兵器の実用化を考えているとすれば反省どころの騒ぎではありません。全く正気の沙汰とは思えません。何事も自らが経験しなければ分からないのでしょうか。わかった時には、もはや取り返しがつかない状況になっている事に気付かないのでしょうか。実に愚かです。ただそれ以上に、核兵器使用の現実を誰よりも知っているはずの日本が米国に追従しこれに署名できない事が残念でなりません。