ホタル羽化しました

6月初め、今年も我が家のビオトープのホタルが羽化しました。
幼虫を放して約10年、3年目以降は幼虫を放していませんので自然繁殖です。

今年は簡単に数えただけでも20匹以上と、今までで最高の羽化数でした。
思わず近くの知人に知らせしてみんなに見てもらいました。

あの日から7年ですね

平成23年3月11日午後2時46分に発生した大地震とその後に起こった出来事を思い出す度、胸が締め付けられ目頭が熱くなります。

東日本大震災で奪われた命は二万二千人以上、故郷を離れ避難生活を現在も余儀なくされている人々は七万三千人以上。
津波や原発事故によって奪われた家族と故郷の思い出。
前に進もうとする想いと、思い出を記憶に留めようとする想い。2つの想いが交錯する被災地の現実。

生きる為には、忘れる事も大切ですが、しっかり記憶に留めて正しい未来に向かって行かなければいけないこともあります。
地震や津波への備え、そして原発事故の教訓。絶対に風化させてはいけない現実があります。

あの日から7年、命を奪われた多くの皆様への鎮魂と、被災された皆様への一日も早い復興を祈念するとともに、絶対風化させてはいけない現実に想いを馳せた一日でした。

日韓の友好の未来

近くて遠い国『韓国』。

フェリーでも行けて、古代から大陸の文化と人的交流の窓口であった大切な隣国『韓国 』。

しかし隣国であるがゆえに時として大きな軋轢を生じさせた事も事実です。秀吉による朝鮮出兵、先の日韓併合、特に西欧列強国の世界進出とロシアの南下を前に、自国の主権を守るための戦いを余儀なくされた近代において、大陸の東岸に半島として位置し、我が国の背後に位置する韓国は、我が国の存続をも左右する極めて重要な国でした。

そして大戦後には米ソの対立が朝鮮戦争やベトナム戦争を生じさせ、アメリカや日本の同盟国として西側諸国の最前線国として現在も北朝鮮と臨戦態勢にある国が韓国です。地政学的に重要な位置にある故に大国に翻弄され続けて来た苦しみは、私達の想像を超えるものだと思います。

1965(昭和45)年に我が国と韓国との間で結ばれた『日韓基本条約』と付属協定は、過去を清算し日韓両国の友好の未来と両国の発展を目指そうとするものでした。この条約締結による国交正常化に伴い日本が行った経済援助は、約11億ドルで、これは韓国の国家予算の約3年分に当たるものです。

これがその後の韓国の大きな経済発展に繋がったと言われています。

ただこの補償の清算や巨額の資金供与の事実を韓国政府は十分国民に知らせず、補償にもうまく使わなかった事もあり、大きなわだかまりが存在したまま現在に至っている事も事実です。

しかし、どうであれ国家間での約束である条約締結を尊重出来ない国は国際社会で評価されません。
出来るだけ事実確認をした上で、非人道的な行為は誰もが許されないものとして捉え、補償の手を差し伸べると共に、それを再び世界で繰り返すことのないよう力を合わせる事が大切であると考えます。

人には知恵がありますが完全ではありません。むしろ知恵があるゆえに大きな過ちを犯してしまう事もあります。だからこそ自らを省みて、より良い生き方ができるよう努力出来る事が人間の偉大さであると思います。

ピョンチャンの小平選手とイ サンファ選手の姿は、両国国民に感動の涙を誘いました。リスペクトの大切さを共有できた素晴らしい時間でした。

日韓がお互いをリスペクトし合える日がきっと来ると思える一瞬でした。

リスペクトの輝きと未来

『君がいたからここまで来られた』共に相手を大切に思い健闘を讃え合う二人の姿に胸が熱くなりました。

競い合い高め合う世界の輝きがそこにありました。
そして日本と韓国が本当の親友になれる日がきっと来ると信じる事が出来る一瞬でした。

世界は、社会は、皆んなで支えるもの、リスペクトに未来の輝きを見たピョンチャン五輪でした。

二和川の風景と魅力

船橋の河川は、大きく分けると海老川流域の10の支流と、白井から八千代を流れる神崎川に流れ込む二重川と桑納川流域の7つの支流から成り立っています。
しかしこの二和川はこの支流に含まれていません。

二和川は馬込沢、鎌ヶ谷市川市を流れる大柏川に流れ込む川です。
最上流は御滝不動尊の近くで、船橋市丸山の脇を通り、市川市を流れる大柏川に合流します。

二和川のすぐ近くには、海老川の上流の北谷津川が迫っていて、侵食により二和川の上流を奪ってしまった『河川争奪』が起こった地域としても学術的に魅力的な川です。
また、谷あいでなく、台地上部から流れ出す川としても、とても興味があります。

外見はドブ川ですが、綺麗な水の流れが戻って来ました。大事にしてあげたい川の一つです。

いよいよピョンチャン五輪開催

いよいよピョンチャン冬季五輪が開催しました。
しかし、平和へ願いと南北融和への思いの裏で、熾烈な関係国の威嚇の火花が散っています。

ただ核応酬の先に世界の未来が無い事はまぎれもない事実です。理想と現実の狭間の中で我々はどうこの事実を受け止め行動すればいいのでしょうか。唯一の被爆国国民として胸が痛くなります。

やはり世界的には核兵器も通常兵器と変わらないのでしょうか。理想を胸に刻み、しかし現実から目を反らさず、今出来うる対応策を世界と共に進めて行くことが何より重要であると思います。

さてオリンピックは平和の祭典です。各選手の素晴らしい競技の姿がとても楽しみです。
ただしスポーツの勝者は一人です。それが競技の尊い一面ですが厳しい一面でも有ります。
勝者の下には数え切れないほどの尊い敗者が居ます。

そんな中、強く胸を打たれたのが、今回の応援ソングSekai no Owari が歌う『サザンカ』です。
努力する姿、苦悩する姿、そして夢を諦めない姿。その清らかさと美しさに心が洗われ、歌い上げる素晴らしさに胸が熱くなりました。

我が船橋の市花はサザンカです。サザンカは冬の寒さの中で咲く花。
その歌詞と船橋の未来と魅力とを重ね合わせ、船橋の応援ソングとして聴いてしまいました。

きれいな木戸川の流れと船橋の原風景

風はとても冷たかったのですが、大雪の後の澄んだ青空の下に広がる木戸川の風景はまさに船橋の原風景でした。

川がコンクリートの擁壁に押し込められ殺伐とした風景となって半世紀、ようやく我街船橋の美しい風景が戻り始めました。
下水道の整備の進展と共に明らかに川の水はきれいになっています。
船橋にはまだまだ豊かな自然が残っています。
鮒やハヤ、タナゴやクチボソや懐かしい生き物たちが戻って来られるよう応援してあげたいですね。

追伸
ビデオの中の撮影日付け正確には1月27日(土)曜日です。失礼しました。

すっかりご無沙汰してしまいました


思いだけでは何もできなくなる事がある事を身をもって知りました。

活動を始めて半年、家族の生活やこれからの活動を考えた時、退職後の収入を得る活動が最優先事項であると判断し、倶楽部の活動を一旦休ませていただきました。

あれから約三ヶ月半何とか収入を得る仕事もできるようになり、ようやくまた倶楽部の活動を始められる状況になりました。

この間の日銭を得るという事の現実と生活の経験は自分にとって極めて貴重な経験でした。

自分が当たり前と思っていた世界は、決して当たり前では無いと言う事も身を以て理解できたからです。

仕事には時間の制約と責任がありますので、以前のようには活動はできませんが、無理をしないで再開できたらと思っています。ご心配をおかけしましたが、また宜しくお願い致します。

私達の生活と高まる緊張④(全4回)


平和を叫んでいても安寧は得られません。

残念ながら防備と遮断、排除という具体的な対応でしか安寧は得られません。
戦争の反対は絶対戦争をしない、させないという事です。

ただし核兵器を持てば絶対的軍事力となり、発言力も強大になるという発想は極めて危険で幼稚な発想です。
ただし強力な武力を背景にしなければ話し合いも成立しないという現実があります。だからこそ核兵器による恫喝は絶対に許さないという世界合意と、もし使用に至る行為に陥っても、これを発射段階で制御不能にし、出来るだけその当事国の領土内で処理してしまえるような迎撃システムの早期配備が求められます。

そしてそれをコントロールし制御する国連軍が不可欠です。
自分だけが豊かになっても幸せにはなれません。
今年、核兵器禁止条約が大部分の国連加盟国の同意により成立しました。これを絵空事にさせず、多くの人々、国々が安心して心豊かに生活できるよう、みんなで力を合わせこれを阻害する現状を変えて行くという覚悟とその裏づけが必要であると思います。

ピンチはチャンスでも有ります。このピンチをチャンスに生かす事ができるよう心から願います。